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第2回
国税当局は富裕層&海外に注目!
ここまで進んだ日本人の海外資産把握

国内預金金利は小数点2ケタ台の状況が続いています。その点、海外なら投資信託でも年間利回り数%は当たり前、利子非課税の国や地域もあるなど、総じて投資環境は有利な状況にあります。海外不動産投資も盛んに行われていますが、気になるのは国税当局の動き。どこまでこうした海外投資の実態が捕捉されているか、現状を見てみましょう。

税務署から届く「おたずね」の手紙

今年に入って、税務署から海外に所有する資産状況に関する「おたずね」の照会文書を送付する例が増えています。金融資産や不動産について、正確なところを教えてほしいという内容です。任意なので答えずに放置しておくことも可能ですが、返事が来ないと何か都合の悪いことがあるのではないかと思われて、詳しく調べられることになります。

源泉徴収されている普通のサラリーマンは、税務申告とは無縁で暮らしている人が多いでしょう。それでも、医療費控除や住宅ローン減税、最近ではふるさと納税の際に確定申告する機会が出てきました。投資をしている人なら株式投資で売買益を得たときに申告した経験があるかもしれません。しかし、海外資産で得た利益を申告している人はまだまだ多くはないようです。

2016年に「国際戦略トータルプラン」を公表した国税庁は、日本人の海外資産の把握を一歩一歩進めてきました。富裕層への課税強化に加えて、これまで野放しといっていい状況にあった日本人の海外資産についても納税を促していく方針です。

かつては野放しだった海外資産

日本人の海外資産は1980年代半ばからのバブル経済期以降、急速に膨らみました。駐在地の金融口座を帰国後も引き続き保有する例や、非居住者でも日本のパスポートの提示だけで口座を開ける海外の金融機関などの情報が伝わり、海外投資が広がっていきました。

10年、20年前なら、海外に財産を移転してしまえば、日本の税務当局がその実態を把握することは困難でした。ハンドキャリーといって、手持ちで現金などを海外に持ち出し、投資することで相続財産隠しを図る動きもありました。

超低金利が続く現在、海外投資のセミナーもよく目にします。ハワイのコンドミニアム投資は昔から人気でしたが、ベトナムやカンボジアといった東南アジアの経済発展が進む国での不動産なども投資対象になってきています。

スカイプ発祥の地で近年はブロックチェーン技術なども注目され、ネットで会社設立申請できるなどIT関連投資で注目されているバルト3国の1つ、エストニアなども人気の投資先に浮上してきています。

こうした海外への投資活動に対して、富裕層を中心に国税当局の調査が強化されています。税務署の事務年度は人事異動に合わせて7月~翌年6月となっています。海外投資等を行った富裕層に対して、2017事務年度には前年度比62%増である862件の調査が行われました。その結果、平均3119万円の申告漏れ所得が指摘され、同827万円の追徴税が課されました。申告漏れの額からすると1件あたりの投資額は数億円以上と見られます。

日本は申告納税制度を取っています。自分で申告することが原則ですので、申告漏れに対しては10%の過少申告加算税を課されます。後述する「国外財産調書」などで海外資産状況を事前に申告していた場合などにはそれが5%軽減されることもありますし、調書を提出しなかった場合や提出した調書に記載のない国外財産にかかわる申告漏れがあった場合には5%加重されます。

CRSで資産状況は丸裸に

先のトータルプランに基づき、「情報リソースの充実」から国税当局の取り組みが始まりました。主な情報収集手段としては、100万円超の国外との送受金が把握できる「国外送金等調書」、5000万円超の国外財産が把握できる「国外財産調書」、3億円以上の財産(と所得金額2000万円超の人)を把握できる「財産債務調書」などがあり、これらの活用が基本となります。

これに、国境を越えた税務当局間での情報交換が加わりました。中でも、「共通報告基準」という素っ気ない名称の略語CRSによる税務当局間の情報交換が威力を発揮しています。租税回避の動きを阻止するため、経済協力機構(OECD)が策定した新制度で、海外にある銀行や証券、保険も含む金融口座の情報を毎年12月末時点で区切り、100ヵ国・地域を優に超える税務当局間で自動的に交換するという仕組みです。この中にはカリブ海に浮かぶタックスヘイブンと呼ばれるような国や地域も多く含まれています。

昨年、香港の銀行に口座を持つ日本人に宛てて、「あなたは香港居住者ですか」と確認する手紙が送られてきました。もしそうでない場合は、マイナンバーを期日までに知らせなければ口座閉鎖などの措置を取ることもありうる、という強硬な内容がそこには記されていました。これもまた、上記のような国際間税務協力の動きの一環でしょう。

昨秋のCRSによる情報交換で、約55万件に及ぶ日本人の海外金融口座情報が国税当局にもたらされました。具体的には、氏名・住所、納税者番号(日本の場合はマイナンバー)、口座残高、利子・配当等の年間受け取り総額といった情報です。とりわけ残高が把握できるようになったことで、海外にある相続財産の申告漏れを防ぐことが可能となりました。

KSKシステムで一元管理

FATCA(ファトカ/外国口座税務コンプライアンス法)という国内法を導入したアメリカは、自国民とアメリカ在住で納税義務を負う外国人の海外金融口座に関する情報を吸い上げることには熱心ですが、CRSには参加していません。

そこで、アメリカに投資すれば日本の税務当局には分からない、と早とちりする動きも一時見られました。

確かに、ハワイにコンドミニアムを所有していても、その不動産情報が日本の税務当局に自動的に送られるわけではありません。

しかし、アメリカも加わっている租税条約等に基づき個別に情報を得ることは可能です。CRSで提供される口座残高情報こそ得られませんが、日本から100万円超の送金をした場合やアメリカ国内で売買益が得られた場合などには「おたずね」されることもあるわけで、財産隠しが可能という状況にはもはやありません。

CRSなどで入手した海外資産情報は、国税総合管理(KSK)システムにより一元管理されています。

2017年からは、それまで東京・大阪・名古屋だけだった重点管理富裕層PT(プロジェクトチーム)の設置・拡大が全国的に進められています。1億円以上の資産保有者や地元の名士は調査対象になっていると心得た方が良いでしょう。

加えて、国際税務専門官の増員も進められています。東京国税局にも数十人、都心部の富裕層が管内に多く住むような税務署には数人が配置されるようになりました。組織図を見てもすぐに分からない名称の部署に置かれているので、外部からうかがい知ることは困難です。

まずは金額の大きい対象から徐々に事案化されていくため、金融資産が数千万円規模の「プチ富裕層」がすぐに調査対象になることはなさそうです。とはいえ、海外であっても金融口座情報が把握されるようになった実態が、今後、申告を促す原動力になりそうです。

監修/税理士・多田恭章(租税調査研究会主任研究員)
イラスト/大和涼子
ダイヤモンド・セレクト編集部(ダイヤモンド社)