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第8回
相続人を悩ませる親の「負動産」

少子高齢化と人口減少が続く日本社会では、2018年の出生数が91万8397人で過去最低を更新する一方で、死亡数は136万9000人となり、人口の自然減は44万8000人と過去最大の減少数となりました。人口の自然減は12年連続で、「多死時代」はすでに現実のものとなっています。
団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となるのは2025年からです。平均余命を考えると、その10年先からは大量の相続が発生することは間違いありません。
相続財産の7割は不動産といわれます。こうして大量に受け継がれる不動産の中には、おカネを生まずにおカネを吸い取るばかりの「負動産」も少なからず含まれています。相続人である子どもを悩ませる、親の「負動産」について考えてみましょう。

「負動産」化必至の実家

前回は「田舎の固定資産税」について見てみました。不動産は、自分で使っていたり、貸したりしていなくても、所有しているだけで、必ず固定資産税などの金銭的な負担を伴います。マンションなら管理費や修繕積立金も負担しないといけませんし、戸建てならば定期的に通風しないと瞬く間に傷んでいきます。お盆に帰省した時、親が暮らす実家の土地・家屋は誰が継ぐことになるのか、話題になったかもしれませんね。

まずは、Aさんの例を見てみましょう。
さいたま市にあるAさんの実家は、最寄り駅まで徒歩40分かかります。一番近いバス停まで歩いて10分、そこからターミナル駅まで、さらにバスで40分かかります。もし東京都心部に通勤するとなると、毎日往復4時間を費やす覚悟が必要となる立地です。
40年前に購入した35 坪の敷地に立つ木造2階建てには、団塊世代である両親が2人で暮らしています。3人の子どもはいずれも結婚後独立し、首都圏各地で自宅を購入しています。同時期にこの住宅団地に入った近所の人は次々と家を処分し、生活利便性の高い所に引っ越して行きました。残されたのは両親のような夫婦、もしくは単身の70~90歳代の高齢世帯ばかりとなり、新住人はほぼ皆無。町内会が機能しなくなってから久しいといいます。

医療機関、学校、ショッピングのいずれも歩くと30分以上かかるため、自家用車なしには暮らせません。このように、たとえ首都圏の政令指定都市であっても、事実上限界集落化が進んでいる街は珍しくないのです。

子どもたちは帰省すると必ず、「早くこの家を売却して、自立できるうちに生活利便性の良い土地に転居してほしい」という話をします。最近はこれに免許証返納の話も加わりました。

実は10年前、不動産仲介大手2社に実家の査定を依頼したことがあります。ところが、いずれの査定結果も「上物の価値ゼロ」という結果に。これに親が激怒しました。
「こんなに苦労して建てた広くてきれいな家が、ゼロ円などありえない! 間違いだ!」
しかし、付近の公示地価を見ると、この10年間で15%落ちています。現在、近所で売りに出た家の売価は10年前に示された査定価格より2割も低くなっています。

「負動産」には、戸建てを購入して一丁上がりという、高度成長期の「住宅すごろく」の発想が染みついた親の思いが込められているため、子どもは悩むのです。
「社宅から始めてようやく立派な家を建てたのに、人生最後の家は借家にしろと言うのか? この家は、われわれ夫婦の面倒をみた子にやるんだ」

ところが、団塊ジュニアである子どもたちは、実家の「資産価値」を熟知しています。
とても借り手が付きそうもないのに、引き継げば固定資産税を払わなければなりません。処分するにしても、家中にため込んである大量の「思い出の品物」を処分し、建物を更地にするには、解体費用が高騰していることもあって、数百万円単位のおカネが必要となります。

「負動産」化する不動産

団塊ジュニア世代なら、Aさんのような経験をすることは、今後も珍しくないでしょう。もし、実家を放置してごみ屋敷化すれば、文字通り「腐動産」になってしまいます。
「特定空き家」に認定されれば、土地の固定資産税は6倍になります。また、「危険家屋」と認定されれば、行政の代執行により解体され、その費用を持ち主が負担することになります。

他の例も見てみましょう。
Bさんの場合は、認知症が進んだ実母を老人ホームに移したあと、実家の処分に着手しました。兄弟そろって実家のある千葉市とは離れた土地に暮らしているため、売却の相談のため地元を訪れるのも一苦労です。不動産業者は開口一番、こう言いました。
「私道部分を舗装しないと売りには出せませんね」
現在、Bさんたちは、この舗装工事費用がいくらかかるのか検討しているそうです。

同様の事例は名古屋でもありました。
Cさんは丘の上に立つ敷地300坪の 実家を売りに出そうとしたところ、斜面の擁壁造成工事が必要といわれ、その費用は1000万円以上もかかると言われました。土地の評価額とあまり変わらない額だったので、Cさんはいま、途方に暮れています。

Dさんは横浜市の最寄り駅からバスで10分の新興住宅地の実家のことが気がかりです。
バブル期には「億円邸宅」でしたが、敷地の分割ができない建築協定を結んでいることもあって、買い手がつかない状況が続いているのです。近所の家の売価はせいぜい2000万円台で、Aさんの実家同様、価値の下落に親の頭が追い付けずにいるのです。

Eさんは九州にある祖父母の土地のことで悩んでいます。すでに祖父母もその子である父親も亡くなっており、登記の名義変更が一切行われていません。名義変更をしようにも、相続権がありそうな祖父母の兄弟の、そのまた子や孫まで調べるとなると、たいへんな手間と費用が必要になります。それでも、町役場からは固定資産税の納税通知書が送られてきているので、いずれはなんとかしないといけないのです。

たとえ、相続人が全員「いらない」と言っても、公園や道路予定地でもない限り、その土地を自治体が引き取ってくれることはありません。抵当権がいくつもついているような物件も厄介極まりないし、うっかり親が購入してしまった管理費が毎月何万円もかかるリゾートマンションや、借り手のつかないサブリース物件など、「負動産」となりうる不動産は枚挙にいとまがありません。

いざ相続というときにつらい目を見ないよう、実家をどうするかは家族で早めに決め、売るための努力をするに越したことはないでしょう。

大切なのは、折に触れて親の家への思いをよく聞き、その気持ちを汲みつつも、近所の家に査定が入った機会などに、「うちも試しに見てもらいましょう」と声をかけたり、「思い出の品」を親から少しずつ引き取っていくなど、まずは、子どもが親を気遣っている気持ちを伝えていくことです。

イラスト/大和涼子
ダイヤモンド・セレクト編集部(ダイヤモンド社)