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第18回
マンションを家族に託して承継する

人生100年時代の今日では、マンションを終の棲家(すみか)にという人も決して珍しくありません。そんな中、将来的に加齢や病気によって判断力が衰えた場合、所有物件の資産価値を維持することはもちろん、売却したり賃貸に出して運用することができるか不安を覚える人も増えているようです。子どもに贈与するにしても、贈与税が発生すれば子どもに大きな負担が。何か良い解決策はないものでしょうか。

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自分のマンションを“塩漬け”にしないために

「平成29年度高齢者白書」は、現在日本人の健康寿命は男性で約72歳、女性で約74歳であり、また、2012年に462万人(65歳以上の約7人に1人)であった65歳以上の認知症の人が、2025年には730万人と約5人に1人になるという推計を挙げています。

この数字を見ると決して他人事としてやり過ごすことはできないでしょう。判断能力が衰えれば、前述のとおり所有するマンションをどのように管理・運用するかの意思決定が困難になります。

これに関して、「昨今は特に、不動産の売買にあたって、不動産会社、金融機関、司法書士が『本人の意思確認』を厳密に求めるようになっている」と、司法書士法人石川和司事務所の司法書士・町田昌範氏は指摘します。

事件や事故のリスクを避けるため、不動産会社、金融機関、司法書士の三者が、売主の意思が確認できたことに納得しない限り、売買や賃貸の契約は決して行えないというのです。

たとえ、所有者の代わりに妻や子どもが物件の売却を進めようとしても、原則として所有者の意思確認なしに取引契約は実行されません。

そのまま時間だけが過ぎてしまうとどうなるのでしょうか。当然ですが、やがて所有するマンションは“塩漬け”になります。売るに売れない、貸すに貸せない、子どもに引き継ぐにも引き継げない状態が永遠に続くことになるのです。

資産の管理と運用を早いうちから家族に託す

こうした“塩漬け”を未然に防ぐため、所有者の判断能力が加齢や病気で衰えないうちに、家族(配偶者や子ども)にその管理・運用を契約を結んで委託する「家族信託」(民事信託とも呼ばれる)が、今注目されています。

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同事務所でも、すでに200件以上の「家族信託」の契約を支援した実績があり、近年特にその利用が増えているといいます。

ちなみに、信託できる資産・財産はマンションだけでなく、親から相続した実家や収益不動産、あるいは、預貯金などの現金も対象となります。

の図は、「受託者」である息子が、「委託者」である父の所有するマンションの管理・運用を受託する信託契約の仕組みの例です。

この契約では、息子が父の代理人として自らの判断で父のマンションを売買したり賃貸に出すことができます。そして、その結果生じた利益(あるいは損失)を得るのは、「受益者」である父となります。

遺言書や成年後見にないメリットは何か

そもそもなぜ、わざわざ親子で信託契約を結ぶ必要はあるのでしょうか。将来、父のマンションを息子が相続するとしたら、例えば息子にとっては、「遺言書」でマンションは自分に相続すると一筆したためてもらうほうが簡単ではないでしょうか。もしくは、専門家に父の後見を依頼したほうが気は楽だと考えるかもしれません。

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の表は、財産を渡す側(被相続人)が、財産をどのように運用したいかによって、どの承継制度の利用が適切であるかをまとめたものです。

当然ですが、「遺言書」は相続発生後に効力が発生します。したがって相続発生の前に被相続人の財産の管理・運用を代行することはできません。

一方、「成年後見」を利用すれば、裁判所が任命する専門家や親族が「成年後見人」となり、判断能力を失った被後見人(財産の保有者)に代わって、相続発生前でも財産の管理(売買や賃貸も)を行うことができます。

ただし、「判断能力を失った人を後見する」ことが制度の趣旨であるため、その効力は、あくまでも財産の所有者が判断能力を失ったことが認められて初めて有効となるのです。

かつ、相続後のことは後見制度の守備範囲外であるため、相続には活用できません。

また、「(被後見人である)財産の所有者の利益を守る」ことを前提とする制度であるため、後見人が所有者である被後見人に代わってマンションを売った代金は、被後見人の高齢者施設入所資金にはできても、その家族のために使うことは一切できないのです。

その点「家族信託」は、あくまで家族間の自由意思に基づく契約であるため、とても使い勝手が良いと言えます。受託者は、委託者の判断能力の有無に関係なく資産・財産の売買や賃貸契約を代行することができます。

同事務所の司法書士・水島喜代子氏は、「家族間の信託は、親の認知症対策だけでなく、高齢者をねらった詐欺などから親の財産を守ることや、親から受け継いだ財産をさらに自分の子どもや孫へと三代以上承継していくことにも有効」と、その活用範囲の広さもメリットとして挙げます。

かつて同事務所では、ガンで余命数カ月の宣告を受けた70代の女性から、自分が亡くなる前にマンションを売却し、代金を息子に渡したいという相談を受けたことがありました。息子にマンションを贈与してから売却すると、贈与の手続きにも時間がかかりますし贈与税も発生します。そこで、息子を受託者とする家族信託の利用を勧めたところ、スムーズにマンション売却の手続きを進めることができたそうです。

家族信託も資産・財産の承継の方法の一つとして考えた場合、それを利用するにあたっては相続と同様、日頃から親子で話し合っておくことが大切なことは言うまでもありません。

監修/司法書士法人石川和司事務所
イラスト/直美
チャート作成/小川あゆみ
ダイヤモンド・セレクト編集部(ダイヤモンド社)